祖母は天国へ

この日の午前4時頃、私は学園祭前日にして
なぜかPCの前で疲れて倒れて転寝していたが
突然母親が私の部屋に私を起こしに来た。

「おばあちゃんが意識を失ったんだって!
 早く!病院へ行くよ!」

Akifumi:「・・・!?」

急いで着替え、父親の運転する車に乗せてもらって
40分前後でNTT関東病院に着く。

病室へ急いだ。
祖母の病室はより監視の効く場所へ移っていた。
看護士に案内された病室にはすでに祖父がいて
徹夜に近い状態で同室に泊まり祖母の様子を見ていた。

祖母は目を閉じられなくなっているらしく
目にはガーゼを当ててあった。
肺に水がたまったという報告を聞いていたが、
鼻には管が通してあり、口にはなにやら
気管がつまらなくなるようにするものと思われる管が
挿してあった。

祖母は生きているもののやはり意識はなかった。
呼吸はしているが、呼吸のたびに頭が動き、
がーがーと音を立てていた。
見るからに呼吸しづらい感じだった。

母親がまず近寄って祖母の手を握り、
いろいろと声をかけた。
私も声をかけた。返事はできない状態だが、
今考えるとちゃんとわかってくれていたように思える。
本当に完全に無意識というわけではなかったのでは
ないか・・。

祖父は何度か同じことを言った。

「呼吸の回数が凄く減っている。
 最初はもっとずっと速かったんだ。」

「他の人は間に合うか・・・」

祖父はずっと面倒を見ていたこともあって
祖母の異常や、この後どれほどの時間がたつと
何が起こるのかも予測がついたらしい。

3時頃急激に容態が悪化し、意識を失ったらしく、
それまでは特に普段と変わらない様子だったそうだ。

祖父はまた、凄く悲しそうな声で祖母の手を握り、
顔に手を当て、いろいろと励ましの声をかけていた。

一人暮らしの兄へはそのときはまだ連絡したばかり、
母の弟もまた、連絡を受けたばかりだった。
彼らもまた、病院へ向かっていた。
祖父の「間に合うか」というのは言うまでもなく
祖母の息のある間に彼らが祖母に会えるかという
意味だ。

看護士による説明を聞く限りでは、
祖母は白血病により相当長い間苦しめられ、
いろいろな別の病気のようなものが発生しつづけ
現在に至っているという。
現在の意識のない状態のままで
仮にこのまま息を引き取ったのならば、それは
あまり苦しまずに済むことになるという。
病院側としては、延命しようと思えばまだいくらか
延命することはできるが、無理な延命は本人の苦しみを
多くしてしまうことになるので避けたいという。

私はふと祖母の口の形が少しおかしくなっていることに
気づいた。無数の腫れが重なっているように見える。

母:「それは口内炎が悪化し続けてできたものだって」

口内炎って白血病になると治らずにこんなになるのか。
凄く痛そうに見えるが・・・。

祖母は少し前、抗がん剤による一時的な病状改善時に
副作用によって、元々凄く多かった髪の毛が薄く
なっていたが、よく見ると黒い髪が生え始めていた。
以前ほとんど白髪だったのに凄いと思った。
生え始めた髪は全部黒かった。

母の弟は私達の家族の間では「ぼく」というあだ名で
通っている。紛らわしくなりそうだがそう呼ばれて
いるのは彼だけらしい。

祖母の息の間隔・・がーという声の間隔は
急に不規則になり始めた。
次の息がするはずのタイミングより少し遅れて
息をしている。少しずつ少しずつずれていく。

時に止まってしまいそうな感じになる。
母は半分泣きながら繰り返し声をかけた。

「もうすぐぼくが来るから!待ってて!」

「もう少しで来るから!待って!ねえ、待って」

私も見るからに息を止めそうに見えた祖母を見て
手を握った。手が冷たい。・・・手が、冷たい。

祖母の声は急に調子を変えた。
がー、がー、・・、はー、・・、・・っは
という感じに、吸う息の量がどんどん少なくなる。
祖父は悲しんで細い声をあげた。

「ああぁ・・・」

母の弟、私の兄はまだ来ない。
祖母は息を止めてしまった。

「・・・・・・」

看護士はすぐに主治医を呼んできていた。
主治医は血圧計などの器具を持ってきた。

心臓はまだ動いていた。
しかし明らかにモニターの示す波形が小さいのは
見た瞬間すぐにわかっていた。

波形がとぎれはじめ・・・
息を呑んで祖母を見、手を握るとさっきまでの冷たさ
とは違って完全に冷え切っているように思えた。
もう一度モニターを見ると直線だけが映っていた。
左に血圧と思われる数値が出るはずだがそこは
0としかかかれていない。目を疑った。
寧ろ機械が壊れているだろうとさえ思った。
そう願ったが・・・。

主治医は落ち着いていた。
聴診器を取り出すと、祖母の体にあて、

「6月4日、5:40、(書けません)」






祖父はその場にあったきれいな飲料水を祖母の口に
少量注いで湿らせた。
その少し後、私の兄と、母の弟が到着した。
母の弟も泣いていた。
祖母はその後着替えをさせられ、顔にはきれいに
化粧をされた。

主治医は言う。

「この病気にしては、大変長生きされたほうです」


祖母を祖母宅へと運ぶ車に
私と祖父と母の弟は同乗した。

全員ほぼ終始無言のまま1時間近く乗っていただろうか。
祖母宅に着いた。
一番室温の低いはずの部屋へ祖母は移された。
祖母は布団の上に横にされ、
ドライアイスを6個程乗せられた。
上から保温のために布団をかけてあげなさいというので
私は布団をとってきて、そっと祖母にかけてあげた。

「お休みなさい・・・」




————————————————
6日、7日までは行事があるので学校等はお休みさせて
いただきます。というかショックで気が変です。
ただ、図書委員から預かり物があるので6日の午前に
返すために学校に寄ります。

未だに、昔の、祖母と過ごした時間の回想を
していたりします。やけに昔の記憶まで出てきて驚き。
小学生のときの記憶がやたら出たり、幼稚園生の時の
記憶まで出てきているようだ・・・w

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