確認すると認知不能 ―感覚―

今日もいつものように講習を受けた。英数は終わり、今日からは物理化学だ。

物理化学も今までかなりさぼっていたが、いざ手をつければ難しいというほどのものではない。難しいのはあくまで問題そのものの解釈だ。これからでも間に合わない訳ではなさそうだ。

頑張ってみることにしよう。

帰り道。ふと気になるものが目にとまった。

「コピー5円(消費税込)」

お。

安いな。

……いや、消費税込ってはっきり書いてあるけどこれってどこに消費税入ってるんだ…?

普通消費税5%って言ったら原価20円でやっと1円加算のはずだが。

そうか収入の合計から計算すれば問題ないのか……(ぁ

いやコピー代の原価が4.7619047円とかなのかなとか思いました。すみませんでした。(ぇ

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今は祖父の家で生活している。

祖父が一人だと心配だからという本人からの願いである。

祖父は今年から突然弱ってしまっている。

三人一緒に食事をする以上、祖父の食事を気にせず食べるのは不可能だ。だが毎回ほぼ確実にむせているので余計に気にかかる。

現在異常に弱っているのはどうやら薬のせいであるらしいということが最近わかった。

聞くところによれば、元々他人の言うこと、特に医者の言うことは聞かない性格らしく、祖母のときも勝手に点滴を速めようとしたり、薬もろくに注意を聞かずに好き勝手に処方する癖があるという。最近では昔手術した背骨がまたずれてしまって痛くて眠れないからといって睡眠薬を飲んでいる訳だが、……飲みすぎである。相当飲んでいる。起きている時でも手足が震えて力が出ないようだ。

医者の定める量より大量に採っているのだろう。

年齢的にもう背骨を治すのは困難とされてしまっている。

食事のときは噛んだり飲んだりはほとんどせず、ただ半開きの口に押し込んでいる。だからしょっちゅう咳き込んでいるのだ。

気にはかかるがどうすることも出来ない。

去年までは非常に元気だったのだが…。

母も困るしかなかった。

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最近私はかなり感情を消せるようになった。結構広義の感情を消せるので一部の感覚も消せる。

元から、育った環境の影響もあって目の前にある現実を完全に無視したり感じないようにしたり、感情とは完全に切り離して認知する能力はあったが、少しならそれを思い通りに利用できるようになったらしい。

思考回避は思いの外簡単だ。

回避したい対象に意義詳細確認を実行すればよい。

例えば最も簡単に消せる感覚は暑さ、寒さだ。

暑いなどと思う直前に「暑いとは何」とか「何が暑い」とか思えば消せる。

もし周りの人間関係がなければこの手法で自分自身を消すのもそう難しいことではない。

「苛立ちとは何」「何の意味がある」

これで暴走は事前に防げる。

これは多くの人が使っているかもしれない。

私の場合はこれで苛立ちそのものが消える。

実際には考えるというほど時間をとっている訳ではなく、何かを感じるのと同じ速度で感覚を放棄している。

あまり気にしてはこなかったが、私にはあるときから「真の感情」がほとんど存在していないらしい。

残っているのは怒りの感情くらいで、これは環境の影響で幼い頃に強化さえされた。

次に残っているのは喜びだが、かなり薄いので大抵は私の喜びは表面的なものだ。

笑い。これも嘘だらけかもしれない。

悲しみ。

…これが一番存在しない。

実は必要なときに必死にそれを感じようとはしているものの、決して感じられることはない。

小学生低学年の頃にはまだあったような気がするが、何かの影響でこの感情は抹消された。

他にも多くの感情が消された。

一体何があったのかは知っている気がする。

……だが記憶はこれが消されることを望んでいるようだ。きれいにこの種の記憶だけ消え始めている。

私は時々自分を無感情人間だと思って嘆いている。他人から見た私は決してそうではないというが、一体どの程度自然に表面的感情を使ってしまっているのかと思うと恐ろしくなる。「私」はもうとっくに死んでいるのかもしれない。

……たまに、疲れた時にこんなことを思うこともしばしばである。

こんな時は…一度全機能を停止したほうがいい。

ということで10分を目安に寝ます。(ぇ

おやすみ~

ちなみに、勉強から逃げそうな時は「何から逃げるというのか」「何故逃げる」「逃げるとは何か」とかで戻れる場合もあるみたいですね。多分私だけ異常なんだろうな。

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