夏休み花火のように終わったよ

中3による警察官襲撃事件がニュースで話題になっていた。

ニュースによれば拳銃が欲しくて警察官を襲ったのだという。普段はおとなしい子供で、関係者は皆口を揃えて「驚いている」と言う。

だが私はこの子供に同情する。

何が「驚いている」だ。

特にその子供の父親が私には許せない。母親は長い間入院しているというから父親しか面倒をみてあげられないというのに、この父親は自分の息子に対してどうしてこんなにも無頓着なのか。部屋にさえ入ったことがなかったようだ。

この子供はお小遣いを1000円もらっていたらしい。だが部屋にある物の数からして、明らかにお小遣いだけでは買えない。お年玉を使いきってもかなり難しい。私が勝手に予想するには、親のお金を奪うなどしなければ厳しいと思う。

ニュースでは部屋の様子を一つ一つ見ては異次元の世界であるかの如く驚きの感想をもらしていたが、私が思うに部屋にある物自体は対しておかしくは無い。ごく最近の中学生ならポスターもフィギュアも持つ人だっている。ゲームだってあんなのは全然大したことがないほうで、多く持っている人は同じ年齢でもあの2倍以上を所持している。マスコミとしては、バーチャルにのめり込んでいたという結論を出したいようだが、逆であり、物が、身の回りの物事が、少なすぎたように見える。だから、もしバーチャルにのめり込めるものならもう少しそれはそれで楽しかったかも知れない。だがのめり込んではいなかったと思う。根は真面目で、恐らく優秀だったのだろう。また、周りの人間が皆それを信じていて、本人もこんなところに強い良心があって、期待を裏切れなかったのだろう。だから、現実を変えたかったのではないか……。

この子供は表面上は完全に自然な人格を模倣できるタイプである。だが少々完璧過ぎた。それと、多少自分の気持ちを表現したところで気付いてくれる人が周りにいなかった。また、自分を深くまで知ろうとしたり察したりしようとしている人がいなかった。それで、解決の仕様が無かった。

部屋には俳句が一つ貼ってあった。

「夏休み花火のように終わったよ」

一見して我々のような学生も思うことだが、こうして俳句にされて貼ってあると意味が変わってくる。この俳句はそれだけでみれば少なくとも2通りの解釈ができる。

「花火」に注目すれば大きな音と共に華やかなイメージと一瞬で過ぎ去るイメージがある。盛大であったかも知れないという解釈は可能ではある。しかし、もし良いことがあったとしてももう終わってしまったのだ。

最後の「終わったよ」に注目すれば、行き場の無いイメージになり、「花火」は華やかなイメージでは無くなる。一瞬で物事が過ぎ去り、自分にはついていけないといった感じだ。もしくは線香花火のように、寂しさを十分に感じたのかも知れない。

この子供も我々のように受験を控えていた。また、親族を亡くしたところであり、母親はずっと入院中だ。

私がそうであるように、子供は家族や身の周りの変化や環境による自身の変化にどうやっても気付くことができない。その変化した自分で自分を見てしまうからだ。今回話題に上がったこの子供には、ちゃんとみていてくれる親族が必要だ。だから、母親に早く帰ってもらいたい、そして子供の内心のうち、本人が明かしてもいいというものだけしっかり聞いて、過去の経験もできる限り多く聞いてやって欲しい、と思う。そうすれば、いつの間にか精神的なストレスは解消されるものである。

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