an emptiness I had inside me

学校が始まってからここ二日間、学校でも自習可能か試しに放課後は図書室で自習してから帰ることにしていた。一日は授業が無かったため、地学部の前に顔を出したわりには手応えがあったが、今日は六限をカットしたとはいえ時間があまりとれなくて手応えは大したことは無かった。席は気分的に気に入っている場所があり、窓際の席から二番目の席に、可能なら陣取っている。私は自習では一日十ページ×?の形式で進めるが、ある人は一週間数十ページ×?の方が良いとも言う。

勉強について、私は自習でのみ本来の力が発揮出来る。今思うには、学校の全ての授業が自習になればなぁというところである。先生は困った時に喋る教科書でいれば十分だ。

一部の学校生徒は未だ受験生らしくあらぬ態度だが、言うまでも無く、私ははっきり言って彼らに対して軽蔑さえして、精神的には隔離された、冷えきった眼差しのみで見ている。だが彼らにとっても問題は無い。私はそういった人には気付かれない仮想人格であしらっているからだ。話しかけてきた相手は大して不快も感じないだろう。ただ、そういった人の中で、自分から私のところに来ない人への対応はやめることにする。また、そういった人でなくても、類する部分があると判断した時はいつでも隔離する可能性のある対応となる。

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昨日は担任に選択科目取り止めについての質問と住所変更手続きについての質問をした。今日は早速書類を提出しようと思っていたが、担任が研究日であることを忘れていた。それでも副担になんとか受け取ってもらい、住所変更手続きの方は事務への提出も出来た。

取り止めたのは日本史だ。選択当初、センター試験はこれでいけるつもりだったのだが、あまりにも性に合わないのと、他に社会科の得意科目を発見したのが取り止めた理由である。まだ正式な手続きが済んでいないが、受ける気が無いと申し出たのに出席するのも妙な気がしたため、今日の日本史から欠席した。

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家では、祖父があまりに手を震わせたためについにその手は麦茶も溢してしまった。薬は、新たな医者がそれまで服用していた薬を全部破棄させて、弱い薬一種だけにしてくれたから、幾らか健康は取り戻したが、手の震えだけは一向におさまりそうにない。だが一応快方には向かっている。やはり薬だけのせいで体調を崩していたのだ。医者には矢鱈とは睡眠薬を処方しないようにして欲しいものだ。大きな病院の三カ所も四カ所もがこういった副作用の強い薬を寄越すのだ。知り合いの話でも何人も薬のせいで悪化し、薬を棄てたら治ったという話が多い。

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