叢雲

九月も下旬に差し掛っている。

センター試験まで後百日と少しの日数しか無い。

私はというと相変わらず不安を感じては押し殺しの繰り返しである。

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実現しているかは別として、私は今まで、私なりの視点で、自分の能力について、広い視野で見たときの「万能」を目指してきた。また、出来るだけ多くの能力の「特化」や「極化」も目指してきた。もしかしたら「万能」と「特化」は対立していて、どちらか片方を選ぶものなのかも知れないが、一応両方を目指してきた。もし客観的に見て目標がどちらかに偏っているとすれば、それは私の場合、「万能」の方に寄っているつもりである。私は特にこれを求めてきていた。

時々、「広く浅く」といった目標もしくは方針を耳にするが、私は一応、「万能」を求めているとは言ってもこれとは違うものでいるつもりである。私は「広く浅く」は嫌いだった。聞くだけでも気分が悪くなったものだ。何故なのかは未だに良くはわからない。恐らくは「浅く」という宣言が私の中での所謂「異常」だったのだろう。

私の求めてきた「万能」には「浅く」の概念は含まれていない。あくまで目標は、「広く深く」である。

私は最終的には各種専門的概念の融和を夢見ている。万能且つ特化したもの同士の連携を求めている。

ここまで抽象的概念に限って書いたが、それはただ、色々な事を思い浮かべていて具体例を選べなかったせいである。友人の数人には具体的な内容も話したが、話すとかなり長くなるため、なかなか話せない。全ての概念を伝えたのは親くらいでしかない。

簡単に記せば、機械分野においてソフトハードともに扱って音響、グラフィックス、機械知能、通信などを融和させる幾つもの考えが実現可否は別として限りなく思いつくような感じだろうか。大体の方向性は決まっていて、また、これを極力狭めないような形で概念を持ち続けるだろう。

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私の心は時折曇りがかる。原因は様々だが、主に受験についてと家についてと家族についての心配が原因だ。

こんな時、多くの人はどのようにしてこの雲を払うのだろうか。

私は、音楽を聴いていると、何時でも気力を蘇らせたり希望を持ったりすることが出来る。ただ、どんな音楽でも良いという訳では無く、クラシックでないと全く効果が無い。確かに私がクラシック好きなのは理由の一つになるだろうが、この効果はそれ以前の問題だと思っている。

特にヴァイオリンとピアノは私が生まれながらに聴いてきたせいか、とても心地良い。

曲も何でも良い訳では無く、私の好きなのはまた一般に対してはマイナーに値するものである。一部の好きでもない曲はやはり全く効果が無い。

音楽は、未だに私の「無感情」を簡単に揺り動かしてくれる。

そして、これを創作するのにはまた、「感情」を要する。

私を支えてくれる「言葉」の一つに音楽があったようだ。

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