始末されゆく時間

久しぶりに日記体で綴る。主に自分のための文章であるため、ご了承願います。

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父が亡くなってから既に二年目。

現在、私と母は、父と同年に祖母を亡くして一人になった祖父の元へ移動していて、兄は彼女を引き込んで私の元の家にいる。

初め祖父は、私の祖母と、祖父の頼っていた私の父を亡くしたショックで殆ど生きる気力を無くしていて、一日中の殆どが寝たきりだったが、最近になってやっと普通の生活になってきた。

母も初めは少し変わってしまっていたが、私のためになんとか気を保っていてくれた。そしてバイオリンを糧として今は少し落ち着いてきているように思う。

そして私も、元々取り乱すことはなかったつもりだが、やはり最近になってやっと落ち着いてきているように思う。

そう思う理由は、最近の私が、少なからず気持ちの明るさを取り戻しつつあるのを感じられるようになってきたからだ。

母はもう五十後半だが、私の心の中では四十の頃と変わらない母の心像があった。しかし最近では、記憶の中の数年前の祖母とかぶる応対が出てきて混乱している。

まるで一気に二十年分も年老いてしまったかのようでさえあるのだ。

しかし無理はないだろう。そしてまたも私はそれをどうすることもできなかった。

私はどうしても自分のことで精一杯になってしまう。それでいいのだろうか。

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今日も私の元の家、元の部屋へ行き、片付けを進めてきた。これで三、四度目となると思う。

日曜しか時間を空けられないのに、日曜には重い労働をできる限り速く進めるよう急かされているのが現在の状況だ。

私は詳しい話を聞くことができないが、どうやら兄がその女性とともに我々の元の家に、母に家賃を払って住む、ということになったらしい。

それで、私の元の部屋が誰かの部屋とされるらしく、早急に空けて欲しいという意見だけが一方的に伝わってきたのである。

部屋の倉庫も全て空けろとのことで、物を置ける場所が殆どない我々にとっては、できるだけ少しの思い出の品だけを避けて、あとは全て捨てなければならない。

久しぶりに私の元の家、部屋へ行った時は、既に懐かしい感覚になっていた。それもそのはず、移動してから既に一年近く経過していた。

そしてその当時の雰囲気を残す部屋に、今度は二度と戻ってこられないらしい。

私は少なからず郷愁の念を抱いた。

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父のいない今、祖父を含む我々の内で最も強い権限を持つのは兄か母である。

ただ、母は、兄に対して負い目が少なからずあるようで、兄の希望にできるだけ従おうと考えているから、私から見て最強の権限を持つのは兄である。私には兄と母の間にあったことを知る術はない。

部屋の物を捨てながら、時々思うことがある。

父が生きていれば、今頃どうなっていただろうか、こんなことにはならなかったのではないか、等と。

そんな考えは私の勝手な我が儘であることはわかっている。

だが、時々突然に、

「こんな状況…」

等と、思ってもみないはずだった台詞が脳裏をよぎる。何かがおかしい。

現に私は特に不自由もしていないし、どちらかといえば幸せな側の境遇にあるはずだと思っている。これは一体何の感覚なのだろうか。

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私は、扱いが難しい感情を抑え込んで久しいと思う。

ある友人は、私には本質的にはいろんな感情があると見抜いてしまったが、

私の表面上の感情は、恐らく本物ではない。

ただし、嘘もついていない。

ところが、時々自分の知らない自分の感覚に気付くことがある。

これは、本物の感情なのだろうか。

一体何が本物なのか、本物の感情から逃げた時から、よくわからなくなってしまった。

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私は今年の元日の宣言から、意志は前向きに持つことを決めた。

そしてそれは、物事を全て私の感覚において良いとされる方向へと持って行こうとする心構えとなった。

そしてその際にわずかながら直感を要するようになった。

そしてそのことが原因となって、直感の示す未知の反応に私は安心することもあれば、驚かされることも出てきたのではないかとも思う。

しかし正直に言えば、よくわからない。

やはり扱いは難しい。

だが、今まで用いてきた考え方があるのだから、それを忘れて直感に踊らされてはならないと思う。

同時に、私が前向きに考えようとしている以上、それを再び封印することもしてはならない。

私は、始末されゆく時間の中で、今の私をも整理しなければならない。

最近は夢にさえ、信じられないような私の心の内が現れ、あまりの印象の強さに、それを強く記憶し続けるなんてことも稀では無くなってきた。

最近の夢には、自分が死ぬ夢は出てこなくなってはいるが、相変わらず未知の心境の反映は続けられている。

このままではきっと押しつぶされてしまう。

感覚は参照するだけにして、”私”は今までの考え方、考え、等が崩壊はしないようにするべきだろうと思う。

崩壊はさせないが、変えていく。そんなことが今の私には難しく感じられる。
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