今日の銀鮭

自己矛盾。

以下独立した考えを持っている人でなければ私を嫌うなどの対処をする人が出てくるのは必至。

私は孤独を嫌う性質でもないが、好んではいない。
それが理由かどうかはわからないが、私以外の人の異なる考えや文化を全て平均的に受け入れようとする考え方が私にはある。

一方で私はゲームに興じすぎる者、メディアに時間を割きすぎるもの、それらの話題ばかりしか持ち合わせていない者を酷く嫌う。これは私自身の行動に置き換えたら考えに合わないだけであって、皆に強制するつもりは毛頭ない。皆は皆の好きなように生きればよいと考えている。

別の話。
大学に入って一年が経ち、転科もして、高校時代の友人の質の高さを改めて実感した。
序に私の質の低さも改めて実感することとなった。
やはり私がここにいるのは必然だろうか。そんなことを考えるのは同じ大学にいる他の立派な人に大変失礼だから普段は考えないようにしているが、それでも時々考えてしまうことがある。別にこの大学内の私以外の人の質が悪いと言っているわけではなく、そのように思っているわけでもない。

部活仲間はもしかしたら気づいているかもしれないが、今の私に見られる性質そのものが、今までいくつかの物事を失敗させてきた原因になっている。私の言う失敗というものを失敗と思わない人もいるし、それはまたその人の考え方によるものだから私も私の考え方を誰にでも共通だなどとは最初から思っていない。だが仮に私の物差しだけで統一して物事を見るならば、間違いなく今の私の性質には様々な問題がある。

部活の人からはどう思われているかはわからない。ただ少なくとも良くは思われていないだろう。私がどう思っているかについて言えば、万全の体制になるまで堪忍願いたい気持ちがある。万全の体制というのは私にもどう実現すれば良いのかよくわからないが、とにかく再び何を言われても何を頼まれても影響を受けない心得を取り戻すことを指す。


友人。この大学では流石に私が今まで会ってきた中でも優れた考え方や性質、さらに技術を持っている人がいた。三郎殿もそのうちの一人だと思う。通信工での友人は私の高校時代の友人に近いところがあった。

私が転科してからまだ二ヶ月しか経っていない。情報工での友人にどんな印象を抱くかはまだ確定ではない。だが一つだけ言えることは、皆にもいるであろう所謂つるむ連中というものが今の私にはほぼ皆無ということがある。

続きはまた書くかもしれない。

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