今日は比較的ポジティブな話とネガティブな話を記す。

ウェブログ上に記される記録は私のための記録だが、もし読んでくれている人がいるならば、読みたいところだけ読んでもらえることを願っている。私を完全に理解しようと思わない限りは。それは私の「夢」が行うことである。

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少し前の話になるが、我が部屋にも研究用のサーバーがもう一台入った。
例のNECのサーバーである。

いつかも記したが、私の配下にあるコンピューターには名前が与えられている。

まず、常に家で最速の処理速度を誇るメインマシンが「BlackBox」、
次に、最初のサーバー専用マシンが「Hylos」、
さらに、細かな作業に使うノートが「SilverFox」、
最後に、今回入ってきたセカンドサーバーが「WhiteIllusion」
となっている。全ての名前に意味が込められている。


実は今回のサーバーは同志と共に導入した。

単価が下がることもあって、両者の研究所で同時注文することになった。

その際、普通ならばあり得ないミッションがあった。

このサーバーマシンは大きさが3辺160サイズを超える大型の梱包となり、さらに重量は18kgを超える。
ところが、送り先を個別指定できないため、私の所に集荷してしまっていた。

それを試しに持ってみると、一応片手で持って歩けることがわかったので、ある日、神奈川から埼玉まで私の手で運ぶことにした。

学校の1限がある日に、学バスの始発を狙って電車に乗り、片手に18kgのNECロゴ付きの巨大な箱を振り回しつつもう片側の手にはやはりいつもの重量級の私の鞄を持って登校した。

そして見事ラッシュを避け、エレベーターの乗り継ぎを行い、最後の駅の階段だけ足で駆け下りてバスに乗った。

バス停には相手がもう来ていた。
そこからは彼が台車に載せ、NECの箱を走らせつつ彼の研究所まで運んだ。

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我が部屋のサーバーはこれまで一台で、VT系のアクセラレータもないためにOSはとりあえず一種類に留めていた。
私のところではLinux系で全てのシステムを構築していた。

一方、同志のところでは数多くのサーバーがあるが、少し前まではWindows系で全てのシステムが構築されていた。

それで、同じサーバーの機能を実現する際に、お互いに全く異なる技術を持っていた。

その他、お互いに、相手にない技術も持っていた。

現在では協力関係にある。

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今回は同志の技術をお借りして、家のシステムを学校にいても自在に操れるようになった。
これによって私の開発速度も或る程度上げられると考えられる。
今では学校にいても家のPCの前にいるのとまるで同じ事ができる。

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情報工で私の知っている有力者は、私を入れることができれば今のところ3人である。

私は本来メディアクリエーターに近い位置を占めている。
物作り全般をカバーしようとしている。
手がけられるのはソフトウェア制作の特に3DCG分野とオーディオ分野、そして音楽、DTMや音に関する制作や編集、CGの2D、3D分野に関する制作や編集、それらCG関係と音関係とプログラミングの連携、動画に関する制作や編集、モバイル系デバイスに向けたメディアやプログラムの制作、それからサーバーの特にLinux側での制作、それに向けた言語でのスクリプト開発などになる。

同志はサーバーに関しては恐らく後先に同等以上の人が現れないと思われる。全般的にWindows系に強いが、Linux側も必要な分は十二分に手がけられる。
ハードウェアに関しては一般領域外までの守備範囲がある。
またソフトウェア開発では、使う言語によっては自然言語と同等の速度でプログラミング言語を発する能力を持つ。数万行のコードを苦もなく眺めることができる。
或る学校のコンピュータシステム全体を全て一人で構築した伝説を持っている。今も管理権限を持っている。
この中では世の中に一番広く名前が知れ渡っている人物でもある。

さらにもう一人、普段iPod touchをハックして使い倒していると思われる人物がいる。
こちらはWeb系統の開発に強い。
touchの改造だけでなく、Flashの開発やそれによるGoogle向けガジェットなどの制作も手がけている。


通信工も挙げておこう。

私も元通信工である。

三郎殿は純粋にソフトウェア開発を広い視点で手がけている。
Windowsの他、Linux側でのC言語による開発、独自アルゴリズムの研究、
Eclipse環境下でのJavaによる開発、
DirectX、SDLなどを手がける点でどう見ても情報工の生徒に負けない多くの知識を持っている。
また本来の通信工としてのアナログ電気回路の知識もある。

さらに電算のもう一人の通信工の友人も有力者である。
こちらも独自にDTMに関係する分野の知識を持っている。
さらにLinux系は一通りコマンドで扱える。

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転科生としてのトラブルは今期になってもまだ続いている。

私の年間の単位登録申請数が、私の予想していた66よりもさらに多い70になっていて登録に失敗した件について問い合わせたところ、学内での成績データが基底科目について狂っていた。

全ての基底科目が2年生以降に取得されたものとされ、申請数に影響を与えていた。

問い合わせの後、漸く先日に修正された。

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私は哲学を嫌わないが特別好んでもいない。厳格な思考を目指したいとは思っているが、それは私の夢の一つを実現するために役に立つと、昔から思ってきたというのが元々の理由であり目的である。




私の悩みも苦しみも、私がここにいる限り、周囲の人に影響を与えてしまう。

私がいるせいで、本来要らぬ苦しみをうつされてしまった人がいるのではないか。

私がいるせいで、この家は言葉に表せない程の苦しみを受けているのではないか。

物事は、首を捻られ、百回転以上捻られて千切れて擦り切れて屑になってしまうかのように苦しく。

零れた液体が、自然に元の場所に戻っていかないように静かに。

私には、意識さえ、これ以上及ばない。

時間の解決を待つためには、これらのことを無視するか立ち向かうかの選択が必要になる。




折角、後期の最初くらい少しは前向きに生きようと思っていたが、既に出鼻を挫かれかかっている。
単純に一つの物事によるものではない。
勿論良いこともあり、そんなに悪いことはなかったのかも知れない。
しかし或る限定された幾つかの視点でだけは、地獄絵図を見ることが出来る。



私の方針がそれ程までに悪いのなら、全て消してしまった方がいいのではないか。

居場所がなくならないようにするためかどうかは定かではないが、以前の私は出来る限りの限界手前までの物事を受け入れてきた。

それを一度自分の希望を知るために、小学生時代と中高の一時期と同種の精神状態、研究主体に切り替えようとした。

しかし、そうすると小学校に戻ってしまった。

何が起こっているか少し詳しく記す。


小学生時代、私は得意分野がはっきりしている人だった。
物作りである工作系と理科、そして国語だった。
殊に理科系については、何かを教えられても知っていることばかりだった。後に進学塾に通い始めてもそれは変わらなかった。

勿論小学生時代では、こういったことは大したことではない。

しかし学校について、これではまずいと思い、逃げ出したいと強く感じた。
ほぼその気持ちだけで、中学受験の第一志望に受かったと言っても過言ではない。

結局今になっても、この受験が私にとって正しい道だったかは不明である。
良い点も悪い点も同等に挙げられる。
全てが良いことだったなどと綺麗に書くことは私にはできない。


そして今、目の前で起こっているのは同じ現象である。
小学生時代と同じように、無意識に逃げ出したいと思っている部分がどこかにある。

もしも、今の私が無闇に試練に立ち向かおうとしているならば、その原因の一つにはこのようなことまで関係していると考えることができる。

勿論自分で気がつけば、見えない力によって試練に導かれているときは退くこともある。



私がこの大学に入った時は絶望の淵にいた。

私の居場所はここではない。

鶴殿の居場所もここではない。

三郎殿の居場所もここではない。


私の中にいる何者かが、私に「何も奇妙なことを考えなくて良い普通の生活」を許さない。

私は何者かに首を絞められ続けている。

既に何度か死んでしまっている。

誰にも助けることはできない。それを望むべきでさえない。

本当に死ぬ前に、どこか、または誰かに私の意志と存在の証拠を遺したい。
それが多大なる迷惑であっても、無かったことにはしたくない。

これが、この記録にいつしか与えられていたもう一つの目的である。

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誰か

もっと希望を持っている人はいないか


私は

折角見つけた、希望に満ちた人を

自らの手で

影響を与えてしまった


私は

あらゆる人を敵に回してしまう


私は

希望を消し去ってしまう




もっと希望を持っている人はいないか


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私は予測を無限に近い回数繰り返す瞬間がある。

目の前にある物、もしくは目の前にいる人の状況が読み取れないとき、特に人の感情が読み取れないときに無限に予測させられる。

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希望とは何だろうか。

そう言えば理想と現実が離れていくことそのものは私にとってはストレスになっていない。

例えば自分の乗っている乗り物が、思っている方向と違う方向へ行ったとしても、それは違う方向へ行ったなと思うだけである。

何か、重要なシグナルを発する仕組みと受け取る事実との間にもう一つ挟まれているものがあると私は考えている。

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学科の授業は今のところ基本的に退屈である。
特にオペレーティングシステムなどではLinuxの使い方とでも言うような授業になってしまっているが、見事に知らないことなど何もない。

恐らく3年になればそういうこともなくなるだろうが、今度は逆に優位でなくなる場合があり得ることから自身に首を絞められる状況が若干予測できる。

私には最初から居場所など

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家の人を救うことができるとしたら私にも可能性があるのだろうが、

私は家の人を苦しめている気がしてならない。

この家は厳密に言えば実家でもない。

本当に特殊な空気であり、そして私が全く適応できない。

適応できない私は逃げてはならない。

そしてそういうことを考えてはならない。

私は私が希望を抱ける道を見つける。

誰にも私を

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暗い。

殆ど先が見えない。

あと何キロか歩いたところで、行き止まりだったらどうすればいいだろうか。

確かここまで殆ど分岐は無かったはず。

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つまらないというより

絶望というより

屈辱というより

何だろう

わからない

理解したくもない

怒りの感情など要らない

これ以上後退させないでくれ

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何でも人のせいにして

自分の責任からいつも目をそらして

これだけの自由が与えられているのに

まだ何か欲しいのだろうか

いい加減解決しなければ私は許さない

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書けない

これ以上書くと私の手は

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