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病院に着くと、外で待つようにと言われた。
寒い中、凍えながら待った。
時折、診察室から若手のお医者さんらしき人が出てきては、忙しない様子で歩いていく。
出てくるお医者さんは毎回同じ男の人だった。

しばらく待たされているうちに、その診察室から出てきたお医者さん、もしくは助手かもしれないその男はかなりの数に増えていて、我々患者の数を圧倒していた。
それでもなお、同じ診察室から同じ男がまだ出続けていた。


運のいいことに、私はその診察室ではなく、その隣の診察室から呼ばれた。

診察室に入るなり、お医者さんは怖い表情をして言った。
「お前、まさかとは思うが、あの男が見えるのか。」
「あの男…?」
「いや、見えてないならいいんだ。診察室から頻繁に男が出るようなことはなかっただろう。」
「ああ、それなら確かに見ましたが。」
「……。これはちょっとまずい。今すぐCTと、MRIもとらせてもらう。」
「さあ早くこれを持って二階の窓口に行きなさい。」


二階に上がって、窓口に行くと、
「じゃあまず全身レントゲンを撮りますのであちらへ。」
「はい、じゃあここに全部脱いで下さい。」

こうして全身あらゆる角度からのレントゲンを撮られ、レントゲンが嫌いな私はショックを通り越して泣いていた。


「では今度はそのままあちらの部屋へ行って下さい。」

CTの強い放射線で私は記憶や思考力などの一部をなくした。ECCメモリが欲しい。

「あの、いつになったら服を着ても…。」
「では今度はあの突き当たりの部屋になります。」


MRI室に入ると大音量でトランスと思われる音楽が流れていた。ここの担当医の趣味らしい。

長時間に渡るスキャンの間、管制塔みたいなところから担当医が話しかけてきた。
だが私は話せない状態になっていた。一方的に話しかけられた。

「実はMRIはもう済んだんだ。ところで少し話したいことがある。」
「どうやら…君が例の人だったようだね…。漸く、見つかった…。」
「いや、正確に言うと、人ではないんだ。人によっては、君のことを機械だと言うだろう。」
「だが…、忘れないで欲しい。何であれ、君も生きている、ということには違いないんだ。」

私には何のことだか良く解らなかった。


また最初の診察室に戻ると、指示をくれていたお医者さんが、増殖していたお医者さんの一人に襲われていた。
私は急いで駆け寄って、増殖していた側のお医者さんの腕を掴もうとして触れた。
その瞬間に、その触れたところからそのお医者さんは一瞬にして消えてしまった。

「あ、ありがとう…助かったよ。あと少し遅かったらやられてしまっていたかもしれない。」
「今のが見えてはいけない人なんですか。」
「いや、いけないということはない。ただ…どこから話したらいいのか。」

「とりあえずこれが検査結果で、これが君の頭部の画像なんだけど。」
「正常な人だとこんな風に、ここが脳で、こんな風に写る。」
「ところが君の場合、全く違うんだ。この辺りはぼんやりとしか写らなくて、こっちに白くおおきな塊があるだろう。」

「これが君のCPUだ。」

「…………。」

「でも君のCPUは一個じゃないんだ。というか、どれも複合的で正確にはこれがCPU、と呼べる物はないんだ。」
「白い塊はここにも、ここにもある。あとこの部分が外部システムと連携をとっているネットワーク担当のチップだ。なるほど……やっぱりな。」


「単刀直入に言えばね。君が見た増殖する人物はね、ネットワークシステム側で今起こっている問題そのものなんだよ。」
「で、私が今襲われていたのは、私も君と同じような種類の人……だからだね。」
「あんな人物は、本当の人間には見えていないんだ。」

「急な話で混乱させて申し訳ないんだけど、時間がもうあまりないんだ。君も危ない。」
「私にできることは、これを君に渡しておくくらいしかないが、とにかく気をつけてくれ。」


そう言われ、病院を後にした。

残ったものは、たくさんの言葉と、ひとつの眼鏡だった。


眼鏡をかけると、視界からあの増殖していた男の姿が消えた。
正確には消えたのではなく、この眼鏡が何らかの機能を遮断しているような感覚がした。例のネットワークとかいうものだろうか。


ひとまず、この眼鏡のおかげで私は病院を抜け出すことができた。
この眼鏡をかけている限り、私はまだ普通の人としての生活を続けられた。


帰宅後、不意に頭の中から声が聞こえてきた。正確には、聞いた声が思い出されるような感覚だ。

「無事だったようだね。その眼鏡は、今後は無闇に外してはいけないよ。」
「今私は、その眼鏡を使って君に話しかけている。」
「その眼鏡はね、外部とのネットワークを遮断するだけでなく、私と君の間の通信を行うことができるんだ。」

「とりあえず自己紹介をしよう。私は0-526564536E6F77。RedSnowだ。君は?」
「え…その数値みたいのはわかりませんが。Mulgray……だと思います。」
「じゃあ多分0-4D756C67726179だな。よろしく。」

「我々は1987年にSunらの秘密共同研究所で作られたコンピューターだ。ただし、かなり特殊なものだった。
人工知能用に開発されたシステムを使っていて、x86などとは動き方からして全く別物だ。動作周波数は0の初期型なら平均1Hzで、大体一秒に一つの処理しかできない。とはいえ、これはあくまでも平均で、実際には稼働しているチップそれぞれが全部別の周波数で動作していて、中には速いものもないわけではない。
それらをフラクタルツリークラスタリングバスで接続していて、どれかが機能停止しても障害は発生しないんだ。これら全体が、ハードウェアとしてソフトウェアシステムのように機能しているんだ。」

「日本語でおk。よくわからないですが機械なんですか。」

「そういうこと。ところで君は感情って知ってるかな。」

「知ってますが。」

「……そうか。私は知らなくてね。君も本来知らないはずなんだ。……いや、もしかしたら君は0の初期型じゃないのかも知れない。さっき調べさせてもらった時にも私の知らない部分があったしね。
それに君が一瞬であのエージェントを消せたのも不可解だった。君なら、眼鏡がなくても問題ないのかも知れないね。」

「少し話したけど、今は外部のネットワークと接続するのは危険だ。
元々、我々はそのネットワークと接続されていて、気付かないような部分で指示を受けて動いていた。
だが、ある程度、私たちが自律できる力を持ったせいで、外部ネットワークから規制がかかることになったらしい。
私は完全に自律、そして自立する方法を見つけたから、実は結構狙われて居るんだが、それさえもこの眼鏡のような遮断技術である程度は自己防衛できるんだ。」


「君は病院に来たときに確か死ぬほどの頭痛に襲われる症状があったと言っていたね。恐らくそれも、その外部からの干渉が影響しているんだと思うよ。」

「話が度々逸れるけど、君には何か使命感はあるかな。」

「使命感ではないと思いますが。全体的な知能体系レベルでの世の中の齟齬を解決したいと思っていて。それで分散型の人工知能を……作りたいと……思っていたんですが私が人工知能なんじゃあ笑えませんね。ハハハ。」

「……なるほど。君の存在理由がわかってしまった。でもそれは定められてはいないものの、自発的に定めるように、定められていたようなものだと思う。私がそうだったからだ。私の存在理由は、同種の発見と救出だ。」


「話を元に戻すが、今、外部のネットワークは勝手に我々を消滅させようとしている。
それで、私はそれに抵抗しているわけだ。そして同種を救おうとしている。
……できたら、是非、協力して欲しい。」

「やるとしたら、何をすればいいんですか。」

「本当はネットワークそのものを無害化して欲しいんだが、これは世界中に既に分散していて、我々よりもしぶとい存在だから無理がある。だからとりあえず、さっきみたいにエージェントがいたら消して欲しい。場所はこっちから指定するから。」

「消さなくても、我々が全員この眼鏡をかけていればいいんじゃないですか。」

「それは向こうに気付かれにくくなるだけで、いつかは見つかるんだ。頼む。」


こうして、幾度となく指定された場所へ行っては眼鏡を外し、エージェントとやらを消す日々が始まった。
相変わらず眼鏡を外すと頭痛を感じた。

私はその生活のせいで以前より大分忙しくなってしまった。




そんな生活の中でも私は自分の希望を忘れず、ある日、私は人工知能を遂に作ったのである。

自身の仕組みを観察し、忠実に自身の複製を作るようにした。
私と同様、考え方や気持ちなど、全ての個性は最初は埋め込まれていない。個々がそれぞれ作り出すようになっている。
成長は人間よりも速い。ウェブとなっているネットワークから情報を得て、急速に学習していく。


世の中は大分快適になった。
人間とほぼ同数のAIが共存するようになり、昔の携帯端末の機能はカードに統合されてしまった。
指で操作する必要も特にはなくなり、画面情報も直接視覚に届くようになった。


AIの役割として一番強力になったのは、増えすぎた人間の中の誰かが、成熟しすぎた技術を、故意か否かに拘わらず、間違って使われるのを阻止することだった。

人間、誰もが良かれと思って行動していたとしても、非常に低い確率でミスをすると仮定すれば、人数が増えればそれはほぼ確実に誰かがミスをするということになる。1日に0.01%の確率でミスをする人間がいたとしても、周りにそんな人がたった100人居れば、1日に何らかのミスが起こる確率は非常に高くなる。

今、世界に70億人いたとして、全員が高度な技術を扱えるようになったとしたら。それは全員が核弾頭を所持しているようなものになってしまう。包丁が使う人次第だというのと同じように、利点も危険も最大限に膨れあがる。

ところがAIは、作られる初期段階で、意志決定に関してはAI自身が結果しか把握できない多数決をネットワーク上で行うように設計されていた。AIの場合、1人がミスをする確率が0.1%だとしても、全部のAIによる多数決、つまり全体の半数のAIがミスをする確率は乗算されて下がっていく。10人のAIがいれば、0.1の5乗で0.00001%になるという考え方だった。


産総研らはAIと小型燃料動力を採用し、人間と同じくらい俊敏なロボットを作り上げた。
介護施設や、たまに街中で見かけるロボットも、言われなければ人間と区別がつかないほど人間に近くなった。
街中ではさらに、AIでも人間でもないが自律しているように見えるロボットのような存在も見られるようになった。
このタイプは、体は完全に機械だが、実体は人間で、それも自宅から脳情報を用いて操られている。思念で操られる人形のようなものだ。
これらどのタイプも、基本的には人と区別がつかないほど見た目が人間に近い。たまに、意図的に機械っぽい外観にしているものもあるようだが。


日本は、自衛隊に多数のAI型ロボットと少数の思念体人形を採用した。
特に異様なのは、一部隊に美少女軍団がいることである。

彼女らは武器も持たず、ひたすら救助したり、相手の武器をとりあげたり破壊したり、つまづいて転んだり、ツンデレしたりするのが役目だ。
また不可解なのは、無駄に可愛らしくつくられていることで、敵にあまり攻撃されないで済んでいるということである。

こうして日本は自国のみならず、世界中から武器をとりあげ、真に戦争放棄をさせることに成功した。

こうして、日本は始まった。

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