9/11

10日はプロジェクトの集まりがあった。幾つかの事項についてスローペースで話し合いを行った。故意ではなく、どうしてもスローペースになってしまう。

30日には現2年生のプロジェクトへの勧誘に行くことになった。去年、私がこのプロジェクトに巻き込まれたときの忘れもしないイベントを、今度は私自身が再現するわけである。あれから既に1年が経とうとしている。そして、今まさに歴史が繰り返されようとしている。

良い例えが見つからないが、複雑な気持ちだ。
私らしくない例えで言えば、もう今では昔の、FF-Xのジェクトみたいな気持ちだ。ここではシン=プロジェクト。私では止められないから倒して欲しい。

我々は去年から今までにまだJOしかやってないが、去年の先輩方の気持ちがやっと少し見えてきた。

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11日は後期のバイトのシフト決めがあった。これも恐ろしくスローペースだった。

私は前期よりも大分頑張ることになった。と言っても、このバイトに限っては頑張れば頑張るほど勉強が捗ることになる。問題集を解いたり本を読んだりする分には全然構わないからである。勿論私はそれを狙っている。自分自身が幾ら怠惰でも、バイトのシフトに縛られている分だけは必ず勉強するわけである。

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昨日、記憶が出来なくなってしまった人を題材にした映画を見た。非常に興味深いものだった。
事故で、短期記憶に記憶された内容が眠っている間に長期記憶に保存されずに消えるようになってしまい、翌日にはまた記憶が事故前に戻ってしまうという人の物語。
私はこういうのを見ると、人間も意外と機械的だなどと思ってしまうのである。

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現在、言語処理における文法を勉強しているが、これが非常に厄介なことを知った。

文法は言語によってまるで異なるのである。

これが厄介な理由は、例えば日本語で実現する方式を提案して論文にすると、将来的に英語版の論文が書けないのである。
対象データを日本語に限定しても良いのだが、通常英語論文を書く場合は対象データも英語の方がよい、とどこかで読んだ気がする。

論文の話は皮算用だとしても、人間がこうもあらゆる文法が使えるようになることを機械で実現しようとしたら相当困難だと思う。

こんなことが出来るのはやはり人間だけなのだろうか。

例えばウグイスは、大体どこのウグイスもホーホケキョと鳴いている。地域によって方言があるというような話は私は知らない。
例えば犬は、大体どこの国に行ってもワンワンとかバウワウとか鳴いている。

逆に言えば人間も言語の違いこそあれ、色んな動物の声を使い分けている訳では決してなく、「人間の声」として声を発しているとも言えるが。
牛ガエルとか犬の鳴き声をするカエルとかそういう凄さはない。

人間が言葉を覚えなければ、恐らく「人間の鳴き声」を発するだろう。
その辺のことも確か昔読んでいた心理学の本に野生児の話として載っていた気がするが…。

ともかく話を戻すと、人間がどうしてこんなに言語を操りまくれるのか、わからないのである。


日本人が遅延バイリンガルを目指す時のことも興味深い。

例えば中学から英語を習った人はそれが良い例である。
最初、アルファベットを習い、連続したアルファベットの読み方の基礎を習う。
そして単語を習い、文を習う。

その文を習う時、どうしてきただろうか。
N、V、PとかS、V、Oとか振って、文法を習ったのではないだろうか。
これをそれぞれの人がどう捉えていったのかはわからないが、私の場合、文法規則というものに苦手意識があったため、まず読んでから、意味を元にそれらの記号を振っていた。

実は機械で英語文を処理する場合、辞書データからいきなりこれらN、V、Pなどを割当て、可能な組み合わせを列挙する。そして文法規則としてこれは連続しないだとか、何の後に何が来るだとかといった規則を適用して、組み合わせの中から文法的に正しいものを絞り込む。そして絞り込んだ何通りかの「読み方」から、実際にどの一つを選ぶかについて「意味解析」を行って、実際には有り得ない表現を切り捨てる。

この流れは、一つのことをやってから次へ、という手工場的な「流れ作業」である。

人間は文章を読むときこのようなことはやっていないと私は思っている。
英語を習う時こそ文法は習うが、実際に英語を使うときに一々文法を意識する必要があるかと言ったら、正直言って必要はないんじゃないかと思う。

英語でわかりにくければ日本語でも良い。
日本人が日本語を使う時に、文法を意識しているだろうか。
実は文法というのは後から学問として出来てきただけで、元々はなかったものであったと思う。
だから完璧な文法というものは存在していないし、日本人だって「は」と「が」の使い分けを文章にしようとしたら相当苦労するだろう。
このように文法規則でない部分で文章を読んでいるところが人間にはあるのだと思う。
だからこそ、文法的に間違っている文章を読んでも人間はストップしない。大体認識をする。
それは恐らく単語の羅列を見て、単語から期待される「意味」を構成できるからであろう。

「意味の構成」と「記憶」と「夢」について、私は非常に興味深く思っている。


話題は少しずれるが、人間には「~は~というものである」という知識としての記憶もある。
これは文章を読むときにも使われる。
機械が人間と同等に文章を読もうとしたらとにかく知識が必要である。
これは本当にきりがない。

――

前日のliveディスクについて、そもそもinitrdがまともに読めてないのではないかと思われる。
試しにinitrd.gzをgunzipしてディスクを作り直したら、起動時のメッセージが少し変わった。
以前はCompressed filesystem foundまでしか出ていなかったが、今回はRAMDISK: Loading 6664KiB [1 disk] into ram disk… done.というメッセージまでは出るようになった。しかし相変わらずList of all partitionsで何も出てこない。

恐らくファイルシステムが壊れているかext2が読めないのだろうが、まだ詳細はわかっていない。

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