志向

私は人をなかなか理解できないが、人もまた、私をなかなか理解できない。理解したと思っても只の思い上がりである。

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以前、ハードウェアの先生のところにいるTAの人と長く語った時、その先輩も研究室決定の際には直前まで相当悩んだという話を聞いた。

私は本来、この学科の研究室ならほぼ全範囲が興味の守備範囲である。現在、私はある授業がきっかけである研究室の先生からCG志向だと完全に思われているようだが、私自身は思われているような人間ではない。ハードウェアだろうとネットワークだろうとデータマイニングだろうとソフトウェア工学だろうと同等の興味を持っている。さらに言えば、私が元々居た通信工の分野でさえ興味の対象である。

少し悪く言えば、今私が掲げているAIは錦の御旗でもある。
この分野は他の全ての分野が関連しうるため、何をやっても無駄にならない。
転科時の名分もこれだった。

だが私は他に何でも選択できることにも気付いている。だから時に悩んでいる。行動が明確でなくなることがある。
もし他を選んだなら、私の過去の観念を切ることになるが、それもできなくはない。今の私は自由だ。全く変わった分野を新しく研究しても良いだろう。
もしAIを選んだなら、私の過去の観念にある程度従うだろう。院に進学しての研究が望まれる。

しかし私はやはり既に後者に意志が固まっているようだ。

今週中に必ず手を打つ。

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中間発表では私が一番行く確率の高い研究室だけ見た。
私は卒研やプレゼミその他、こういった先輩方の研究は一通り見ているから、目が慣れてきている。

情報工の友人も話していたが、最近の世代の学生はゆるみ具合が酷くなってきていると思う。これが真の意味で”ゆとり”世代だ。
中間発表で何一つできていない、机上の空論を述べるに近い学生を少し見かけた。これは恒例なのだろうか。
こういうのは発表の仕方をどのように工夫しようが、開始1分で見抜ける。

但し、大抵、私は見抜いた内容をその相手に示さない。全てに同じ笑顔で返し、相手の価値観に任せる。相手が私と同じ意気を持って初めて、真っ向から向き合うだろう。

発表が一通り終了後、ここで仲良くさせて貰っている先輩と長話をした。おかげでお互い昼食抜きになったが、お互いそれをあまり気にする性格ではなかったように思う。その先輩とは私は意見が合うところが多く、本音としては目指したいものは同じだった。しかし先生との相談の中で研究内容には結構影響を受けていることがわかった。もう一人の先輩も結構影響を受けているようで、このあたりを見てどのような相談が行われているかを私は推測した。

先輩からは、それまでの先輩の一連の取り組みや外部の動きを教えて頂いた。
先輩としてももっと突き詰めたいところがあるようだった。先輩はこれを終えたら就職のようである。

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後期も通信工の友人に稀に会うことがある。

先週末、久しぶりに通信工の友人に会った。そのうちの一人は、配属が決まった研究室の教員(私もよく知っている教員である)から情報工の科目の一つを履修することを勧められたらしく、久し振りに一緒に授業を受けることができた。気付かなかったが、通信工はもう研究室の配属が済んでいるらしい。情報工での研究室の配属決定はまだもうしばらく先である。11月から12月の間くらいになる。

その友人は、研究関連で幾つかの資料を持っていた。元々、私にも興味を持てる分野なので軽く読ませて貰った。

もう一人の友人にも会った。何せ会うのが久し振りすぎて話が尽きない。お互い、話したいことが山ほどあった。
この友人の配属が決まった研究室の教員も私もよく知っている教員だった。
丁度この時課題に取り組んでいたようなので訊ねると、今行われている授業や研究周辺のことを色々教えてくれた。
他にも四方山話やハードウェアの話など、22時頃まで話し続けた。

久し振りに、学校に行ったと実感した時間だった。
私はこういう話をしたかった。

通信工に居た頃のように、お互い気兼ねなどしないで、常に真剣かつ全力で話すことがどれだけ面白いか、思い出した。
そしてそれには、お互いそれなりにまともな常識が共有されていることが前提になっていたことに気付かされた。
また、それなりに紆余曲折を経験して、尚も意識を高く持っているような人でなければ、面白くないということもわかった。

私の提供した話の中には、転科後に私が探求した物事や経験した物事もあった。
しかし如何に転科後に深く話ができる人が居なくなったか、常識が通用しないか、何事も浅くなってしまったか、という話もあった。

嘘だと思うなら、情報工の人は通信工を、通信工の人は情報工を、覗いてみるとすぐに違いが分かるだろう。目の色が違う。

情報工で、今まで友人知人を何人か作ってきたが、今まで誰一人、この分野に”強い興味”を持っている人を見たことがない。
但し私自身、「強い興味を持っている人」としては全くもって不完全だ。私は限界を今一歩抜け出せず、今まさに苦労している最中である。
その先にあるのが私の目指す研究だ。

通信工の友人の話を聞いていて感動したのは、その方面や他方面を含む学問を突き詰めていって、現実世界の現象を説明し、さらに拡張できるという言葉を本人の口から聞けたことである。簡単なようで、このようなことを自ら言う人はなかなかいるものではない。

この友人は生活環境やそこでの人間関係において私よりずっと苦労している人だから、今までの生活の話を聞くだけでも心を動かされずにはいられなかった。
ここに細かくは記さないが、正の話、負の話共に、話しているときの意気が心地よかった。こんなに話をしてくれる人は、こんなに目が輝いている人は転科後に居ただろうか。

カリキュラムも通信工の方がずっと濃い内容を扱っている。情報工は歴史が浅く成熟していないのも事実だが、まるで別の学校だと言わざるを得ない。別の学校にしか見えない点について誇張は無い。

逆に私が通信工にいたならば、ここまで色々と学校でやっていること以外のことに意識を割くこともできなかっただろう。つまり私に与えられているこの状況には利用されるべき目的があって然るべきである。私が仮にどれ程困難な選択を行おうとも、この状況なら、この状況でこそ叶うかも知れぬ。

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