高校部活飲み

28日は中学・高校時代の部活の仲間達との忘年会に行った。

17時半に集合し、最初はわたみん家に向かった。
人数は多すぎる程でもなく、10人だった。後に参加した人を加えると合計で11人。
私が、来ると予想していた人が10人近く居なかったと思う。

わたみん家でも数人の仲間の話を色々聞いた。先生を目指しての取り組み、農業のこと、酒で失敗したこと、遠くに行くことになったこと、私が関わった幾つかのPCのその後の経過など。
私も、研究者を目指す上で将来考えられること、何が厳しいかなどを話した。また、この他PCに関する質問や話など色々受けた。
皆独自の道を突き進んでいる。私も、この場限りなら専門分野についての魔法使いだった。
私が関わったPCの一つには、端子形状の異なるパーツ同士の接合のために、糸のこぎりでパーツの金属端子を加工した物などもあった。そんなものであっても、聞く限りでは今でも順調に動いているらしい。
PCそのものをまた新たに選ぶ人には選び方や今の業界の動向なども話した。


わたみん家で一次会を終え、二次会はルノアールにて行われた。
ここでは、仲間の一人が私にかじりつくように話を聞きに来てくれたこともあって私はほぼ一対一で話し続けた。私が将来目指す物と、今勉強している物事というのが、聞く限りではその人の勉強にも関連しているらしい。

私は現状、AIに分類される処理がどのように実現されているかを語り、何が実現されていないかを語った。彼は私の専門外の視点から見た問題点について話し、また彼の考えについて話した。「現実でない話の影響を受けて人間が行動することによってそれが現実になる」、「理論的に実現し得ない物事でも過去の経験に基づいて実現すると信じて失敗する」といった行動生物学の側の話が多くあった。

私が大学で行おうとしているテーマはある程度の絞り込みと掘り下げが完了していて、既にAIの本質への拘りには限界を見極めていたが、それでも私の学んできたことと関連があるようで、長時間真剣に議論していた。彼の方は今の段階では絞り込みや掘り下げは完了していないと見受けられたが、彼の分野がどのようなアプローチを行うものなのかについて私は知らないので、ある程度以上の話の進展には限界が見えた。

彼は別の話題も持って来ていた。全くそれまでの話とは異なり、彼の勉強内容との関連は経済関係くらいしか思い当たらないが、今度はあるビジネスの話だった。曰くそれでも私の専門と関連があるらしい。
中高時代、私はもしかしたら起業したいといったことをわりと話していたのかも知れないが、私は今では当時より現実主義者になっていて、理由付きで可能だと考えられる物事を優先している。そのため、起業するといったことは私の考えからは幾らか離れており、今回の話には少し驚かされた。
彼は、如何に多くの構想があるかを示してくれた。そして私と組んで実現したいという話をした。私は、思われているような大したことは出来ないが、幾らか知っていることについて協力しても良いと言った。が、恐らく実力や現実より彼は期待しているのではないかと少々心配している。彼の、この話をするときの目は中高時代と全く変わっていなかった。
私が他校の人と組んでこうして何かを始めてしまうことは、私の長期タスクをまた一つ増やすことにもなる。普通なら、断るところだが…。私は、期待しすぎないようにと念を押して、また一つ活動を引き受けた。

この喫茶店に居る間に、新たにまた一人の仲間に出会えた。彼は今正に修羅場の最中であり、来られなくても不思議ではなかったが、会えて嬉しかった。修羅場とは言っても、好きな作業ということで非常に楽しそうではあった。私がやっていることについては簡単に説明するためにAIとしか言わなかったが、実際には上記のようにある程度見切りをつけた言語処理、言語理解である。お互いの修羅場を越えたらまた語り合いたい。


ルノアールは22時頃に閉まり、ここで徹夜組か否かで別れた。
元々少なかった人数がさらに減ってこの時点で6人。
徹夜組はカラオケを探したがまだ若干早かったため、マックで時間を潰した。お誕生日会で貰った大量のコーヒー券がここでも役に立った。
この時間も私はルノアールの時の仲間とビジネス構想について話していた。


カラオケに向かう間、別の仲間と作曲関係と航空関係の話をしていた。彼は私のような似非ではなく絶対音感を持って作曲もギターも出来る人である。最近ではハード音源ではなくサンプリング音源で伴奏を書くことが多いという話で、これは私も同意できた。
航空関係の話では、名前は忘れてしまったが鳥人間等と異なる、かなりの高度から飛行を始めるタイプの航空部での活動の話を聞いた。彼は主将を四年にして引き受けたらしい。聞く限りだと四年が引き受けるのが通例だという。中々忙しそうだった。

カラオケに入るとそこは和室だった。
私は大学生の初期と比べると全く歌わなかった。私は今回の徹カラ全体で5曲歌ったかどうか。他の人は通常通り歌い続けていた。

私の歌っている時以外の時間は、爆音の中で例のビジネスの話をある程度された。
しかしこの時彼が書く図や文字を見て、益々中高時代と変わらない感覚を覚えて不安になった。
私は爆音の中で議論は出来ないとしてこの話は中止した。
代わりに、途中で一度コンビニに寄りがてら散歩に出て話をした。

カラオケではまた別の仲間が私の進路について尋ねてきてくれた。
私が現実的な話をすると、応援してくれた。
それに関係して、彼の就職活動で私にも関連があるものがあるとして色々話してくれた。
入社試験の一つに某検索エンジンの入社試験に似たものがあるという話だった。そして、実際に出た問題の例を話してくれた。正解のない問題で、解いていく流れを実演してくれた。
また私が聞いたことのある問題について一緒になって全力で解いた。
それぞれ、何一つ具体的な材料が与えられない中で、如何に論理的根拠を付けて問題を解くかというもので、非常に面白かった。この時の問題の中には例えばあなたが10円玉の大きさになってミキサーに入れられてしまい、10秒後には即死するという時、あなたはどうすれば助かるかといった話や、グループディスカッションのテーマとしてコーラの売り上げを上げる方法について、また、筆記試験として、羽田空港の利用者数を見積もれ、といったようなものがあった。こういった問題に対してどのように論理を展開するかについては記録では省略する。
是非こういった物事の考え方の訓練というものも来年にはしてみたいと思う。一応、ある程度はこの時の考え方を彼と同じように進めることができたと思うが、彼には到底及ばなかった。後に、ビジネスの話をしていた人に試しに話題を振ってみると、タイミングも悪かったのか全く論理、根拠付けの手順を展開しなかった。

ある程度カラオケが終わりに近づいてきたところで、この問題を教えてくれた仲間の提案でラーメンを食べに行くことになった。この時の時間は確か4時頃。

行った店は一蘭。食券が一品つまり一択しかない衝撃のラーメン屋である。
このラーメン屋はこのような時間にも拘わらず、ほぼ満席だった。
食券を持っていくと、色々追加オプションや仕上げ具合を選べるようになっていた。
読む限り、ラーメン一品に相当の自信があるようだ。
食べることだけに全てを集中して欲しいということで、両脇そして前に仕切りがあり、視界にはラーメンしか入らないようになっていた。店員さえ見えない。
そして出てきたとんこつラーメンには食べ方があり、守って食べると最高の風味を味わえた。
私が注文したラーメンは仕上げ具合を少し指定したのである程度オーダーメイドだが、スープを口にすると喉にそして鼻にも良い具合に香辛料のきいた香りが広がる。スープは確か標準を指定したが、非常に美味しかった。秘伝のたれというものがあり、最初はこれを少しずつ溶かしながら食べていくため、変化していく味を楽しむことが出来る。最後には全部飲み干したが、とてもすっきりと飲むことが出来た。
麺は特に指定しなければ細め。一段階だけ堅めを指定したが、わりと柔らかかった。

カラオケに戻り、少し経つともう終わりの時間だった。
ここで二次解散を行い、残りは再びマックに寄ってまたもコーヒー券が役に立った。
コーヒー券はここで配ったり使ったりしたことで残り5枚になるまで使った。この券を貰ったときは数十枚くらいあったように思うので、相当活用できたと思う。
このマックではさらに人数が減って自分を含め3人。
ここでは何故か大学の女子についての話になっていた。人数比から言えば明らかに私の方が分が悪い。それでもお互いに張り合っていた。
ある仲間の大学では、銀杏が落葉するまでに彼氏が出来なければもう駄目な女性だというジンクスがあるらしい。
女性が何で男を選ぶのかについては、男が理解できないと言うよりは人それぞれだと言う方が正しいようだ、などという話をした。

さらにこの後どこかに行こうという話はあったものの、流石に全員の体力が落ちていたのでここで三次解散となった。

この後、駅の待合室まで来たところで、また例の仲間がビジネスについてさらに話を進めてきた。
私はいい加減眠くなってきていたが、精一杯ITコンサルタントになりきって応じた。
相手は構想が全く整理されていないので、何か作ってみるという前提で、本質的なものに絞って要求を聞き出し、整理した。どのようなことが基本に相当し、どのようなことが応用に相当するのかを説明し、話を聞き出しては整理して、最終的には「このような入力をするとこのような出力が得られる」という要求定義を行うことが出来た。
今回の経験で、学校の先生が壊れたかのように繰り返し繰り返し唱えている、要求定義の必要性とやらが少し判るとともに、専門外の人に本当に意見を纏められない人が居ることが良く分かった。また、改めて私はITコンサルタントをあまり志望しないことがわかった。今回のように、相手に対して同じような話を繰り返し繰り返し唱えていては、私もすぐに某先生のようになる。決して悪い意味を込めているわけではないのだが、ITコンサルタントが私の続けられる職業かどうかについては甚だ疑問が残る。但し、当面の就職先予定においてはそういったものに似たような所へ行く可能性も高いことは覚悟している。

10時頃まで話したところで、最終解散となった。

これ程、万全でも何でもない体勢で広範囲にわたって妙に頭を使う同窓会は初めてであった。
中々に個人的には珍しい体験となった。




二年前の記憶もはっきりと残っているが、今回は随分と異なる会であった。
http://www.hylos.info/2007/12/30/339
もっと最近にあった集まりについては記憶はあるが記録がない。あの時はあの時で大切な仲間に会ったというのに。今年の花見の記録もない。
もう少しまともに記録をとっているかと思ったが、案外とれていないものだ。改めて回想して記録し直すことがあるかも知れない。

記録を遡ってみると、私の大学生活のうち、父が亡くなったことと大学入試の失敗が元で精神を失うほどに気を病んだ中での記録が本当に多い。片や5年前、片や3年前だと言うのに。家族に苦しんでの記録も、これと関係の深い物である。現実が続くせいで、いつまでも過去の記憶とならないのだろうか。こうした記録に触れればすぐにまた飲み込まれてしまいそうで、恐ろしい。しかし過去の記録がこうして、今では書かないものであると思えるようになれば、今の私が当時と違うことを証明してくれるだろう。


大学が違えども、人は人。そこまで本人の性質から変わるとは限らない。最近では理論だけではなく、経験からそれがわかってきて、少し落ち着いてきている。
これは所属が違えども経験が違えども同じ事。
自分も他人も常に不安定で、時の流れに常に流されるが、本人の性質だけは簡単には変わらない。
変わらないからこそ一度見極めたその人の性質が信用できる。
自分の性質なら何が信用できるだろうか。およそ自分にしか出来ないことは何だろうか。
そういったものに関わることが私にとっては生き甲斐となり得る。
他の誰かが行うかも知れないことならば、自分が最初に行えれば幸いである。

――

今回は年賀状が間に合わなかった。
1日よりは恐らく少し遅れるだろう。また、数人には学校始まってからの手渡しになるだろう。
元来、年賀状は元旦から一週間程度の期間内ならば失礼ではないはずなので、個人的には遅れは気にしていない。

また今年は若干配慮する部分がある。

You may also like...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。