3月の記録

2月後半から3月にかけての記録を軽く残しておく。

2月後半には卒業生の方を送る行事がいくつかあったが、その直前で私は大きな攻撃を受けた。
その衝撃で一ヶ月程気を病んで過ごしていたが、自分にできる限りのことはした。

今回の件が起きた直後、私は確かに部活に籍を置くことは厳しいと考え、一先ず退部を申し出た。人的な問題やその他の問題を考えるに、私の方針のままでは在籍が厳しいのが現状だ。顧問の先生方の、辞めないこと、という言葉が今でも気にかかっていることと、先輩方の言葉や自分自身の希望を考えれば明らかに在籍を望みたいところだが、状況かあるいは倫理面で許されないことならば、4年生になってまで反面教師でいることもまた避けるべきだろうというのが私の考えである。
一ヶ月程度見極めて、退部届を書くかどうかや書く内容を考えようと思っていたが、未だ結論は出ていない。しかし、そろそろ決めなくてはと思う。


私にとっては今が一番貴重な時なので、気を病んでいては取り返しがつかなくなるため、精一杯正の方向に意識が向くように行動をとった。
丁度良い時期に情報処理学会の創立50周年記念全国大会と言語処理学会、さらにその他が重なったイベントがあったため、そちらに全面的に参加した。といっても発表ではなく、聴講や議論の側だった。実に私の意識を盛り上げてくれる日々だった。将来関わりたいと思っている人達や、紙面やネット上でしか見たことがなかった人、憧れの人にすぐ傍で会えることの刺激は想像以上だった。私にはすべきことがある、まだ生きていたいと思わせる日々だった。これについてはまた後で詳細を記したい。

研究室では教授のご指導の下、皆で、一通り論文の輪講のようなものと、この研究室で使うような典型的なプログラムの書き方の基本を習得する所まで終えた。毎日行っているわけではないので周りから見てどの程度真面目に見えるのかわからないが、ここの研究室員としてはこれでスタート地点に立ったと言って良さそうだ。


以上が3月あたりの主要な出来事である。
その他、年度末であることから、細かに飲み会その他の用事が入っていた。
2月の後半より前については、旧友からある案件を持ちかけられ、とあるソフトウェア設計に力を入れていた。
3月はお互いにある程度忙しくなることがわかっていたため、一時的に中断させてもらっている。


この先の予定としては、私は本気で院試の勉強をし、研究と両立させるべく最大限の努力をするつもりである。
優先度合いはできる限り院試勉強側に偏らせたいと考えている。
5月始めあたりのサッカーの日本大会の出場、6月後半の世界大会の出場に狙いを定めて、そのあたりではサッカーに関して僅かでも役に立てるような準備をしたいと考えている。
8月には院試験があり、そこに向けて全ての調子を整えていきたい。

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