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研究室のある世代は、ベイズ系の理論に強い関心を持っていた。
その中でも特徴的なRさんは、この手の理論に疎い私に確率過程を説いてくれた人だった。

彼の時代は、研究室の学生が強者揃いだったと聞いている。伝聞の形で記すのは、実際に彼らが真の姿を見せたとされる、ある勉強会が、代々配属一年目だけのもので、後輩の私は現場を見ていないからだ。とにかく、勉強会は戦場だったと言われている。

ある時、同期の友人と私は彼と奈良公園に遊びに行った。その時の彼の言葉は、今でも印象に残っている。

「鹿、大学院に来てから初めて見たよ」

これだけだとほとんど何の情報ももたらさない文に見えるが、実は奈良にいても鹿さえ見られないほど熾烈な戦いの中に生きてきたという背景が隠れている。

その後、本格的なカレー屋に行ってカレーを食べた時も

「肉が生きている」

と、研究室の人々が共有している感覚を独特のフレーズで表現していた。
普段は近くに外食できる店がなく、学食も肉に関しては多くの場合薄いものだったのだ。

そんな先輩に会えなくなる時が来るとは、この頃、思っていなかった。

彼は研究室のコンピュータに関するあらゆる仕事を引き受ける役割を担っており、3年前、新入生だった私はコンピュータに関しても話すことがよくあった。

コンピュータに関する仕事は、彼も積極的に行っており、さらに上の先輩の一人が一見かなり怖い言葉に見える言葉をかけてくれるのに比べると、頼りたい存在でもあった。

そんな日常を経て、1年ほど前、彼が寮を出て別のところに住むことになり、彼の引っ越しの合間に仕事が降ってきたときのこと。
私は後輩に教えると同時に自分主体で任務を遂行しようとして、結局、任務はわりとすぐに完了した。

ところが、再び戻ってきた先輩は、少し残念そうに言った。

「この仕事でも、私は要らなかったのですね」

その後、彼を見かけることはなくなってしまった。



研究室には筋肉部という部活がある。
Kさんは所属しているのかどうかよくわからないが、大学全体から見ても極めて鍛えている方ではないかと思われるほど筋肉を鍛えていた。

勉強会の途中、発表者が交代するような僅かな隙さえあれば、かなり本格的なダンベルを超高速で動かしていたり、ダンベルがなければ、椅子に手をついて自分の体を超高速で上下動させていたりして、話題になったこともある。

そんな彼は論理学が好きで、私は詳しくないものの、興味は結構あったので話すことがあった。

ある時、京都大学で論理の演算に関する発表があったとき、Kさんから声をかけてもらって、一緒に聴講に行ったことがある。その後2人で議論をしたり、京都大学の食堂で夕食を共にしたり、貴重な時間を過ごしたものだった。

ところが、大学に戻って議論を続けているうちに、ある式のλについて聞かれ、私はそれについて正しく答えられなかった。そこから鋭く追及されていくうちに、喧嘩に近い緊張状態になり、以降、日が昇っている間はほとんど会えなくなってしまった。



それから月日は流れ、また幾度目かの新学期直前となったある日の夜のこと。

エレベータの扉が開くと、目の前にKさんらしき人影が見えた。それと同時に強い衝撃を受けて、その場に倒れた。どうやら、以前の議論で正しく答えられなかったことを放置してしまったために、ワンパン Dead End となってしまったようだ。

私は朦朧とする意識の中、スマートウォッチの心拍計が異常を検知し、私の書いた”最後のプログラム”がリモート実行されるのを見届けた。



気がつくと、私は自室の机に横たわっていた。頭上には移動式3Dプリンタのヘッドが見える。どうやら、記憶も無事らしい。

研究段階ではあるが、この3Dプリンタは有機材料を用いると生物の細胞を印刷することができる。現在の私は、なぜ最後のプログラムが実行されたか詳しくは知らないが、とにかくそのプログラムによって、以前の私が作ったスナップショットデータに基づいて3Dプリントされた私だ。脳内の蛋白質の状態まで正確にプリントできる精度を持っているため、完璧ではないものの、記憶まで再現される。人の記憶は元々完璧には程遠いので、この方法がどのくらい完璧なのかはわからない。

印刷された私は、どう見ても私で、うっかりするとオリジナルではないことを忘れてしまいそうだ。
だが、組成が仮に全く同じなら、私は私であって、本物ではないとは一体何を意味するのだろうか。
しかしそれを知りたくても、私がいるということは”本物”は既に…。

それで私は、”本物”を救うための研究を始めた。



この世界は、大きく見れば3次元空間に時間軸を加えた世界だが、ミクロの世界では10次元近くの次元がまだ残っている。その世界は、極めて小さいため、物質を通すことはできないが、数bitずつの情報を通すことはできる。情報を打ち出す間隔を非常に短くして、大きな情報を通すこともできる。

このミクロの世界にある次元に通した情報は、普段目している世界の時間軸から見て過去や未来に送ることができ、その3次元座標を制御することもできるが、この制御は難しかった。

それで、奈良先端科学技術大学院大学の地下、池の丁度真下あたりに隠されている国の極秘スパコンを使うことにした。これを使っても、現在に近い過去の特定の座標を計算するのに数日を要した。

過去の”本物”が自室にいなかった時間を狙って、3Dプリンタに自身を印刷させるプログラムを送った。



気がつくと、私は自室の机に横たわっていた。頭上には移動式3Dプリンタのヘッドが見える。どうやら、記憶も無事らしい。”本物”を救うという意思も覚えている。

ひとまず部屋を出て、”本物”の行動が変わらないように、見つからないように行動した。

“本物”がこのとき使っていないスマートウォッチを持ち出し、また、保険のためにもう一人私を用意し、説得して別行動させた。このもう一人の私も、”本物”を救うという意思を覚えている。

“本物”を救うという意思を本来持っていた方の私は、観測に徹することにした。

もう一人の私は、大学に残って”本物”のデッドラインを観測する。一方で私は、大学の外に出てもう一人の私の報告を受けるはずだった。



ところが報告が来ると予想していたよりかなり早いタイミングで心拍数異常の通知が来た。通知のGPS座標へ急いで駆け付けると、もう一人の私が横たわっていた。血文字でRと書かれている。

「失敗した失敗した…」

何があったのかはわからない。ひとまず横たわっている私を回収して、誰かに相談しようと思った。



S先生にこれまでの状況について報告した。

「それなら、Kを騙せ。Kにあなたが倒される過去を変えずに、結果を変えなさい。」

本来、”本物”が倒れたであろう時刻まではまだ少し時間があった。
そこで、またもう一人の私を用意し、”本物”が倒れたであろう時刻近くにエレベータに乗せ、”本物”はS先生に別の場所へ連れて行ってもらった。



これで”本物”は救われたが、一時的なものに過ぎない。
“本物”にこんな苦労をかけたくはない。そう思った私は、”本物”に会わないことにした。
会わずして、”本物”と自分の違いを見極めることこそ、真に本物とは何かを知るのに必要なことだと思ったのも理由の一つだ。

最後に自室を出る時、3Dプリンタで3Dプリンタを印刷し、持ち出した。
そして、時間と空間を超えてあらゆる脅威を陰から取り除く仕事に徹したのだった。



* この物語(?)は一部フィクションです

# 昔のように話せるときが来るといいな…

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